髪の毛を切る

髪の毛を切るといっても、自分の場合は自家用バリカンで9mmに揃える作業なので、芝を刈るイメージです。同居当初はかみさんがおもしろがって協力してくれましたが、最近はもっぱら一人。2週間に一度くらいのペースで、イスラム教の礼拝をするような姿勢でバリカンを使っています。

イスラーム研究(3):礼拝編
http://www.geocities.jp/jukutabi2/newpage33.htm

作業そのものは3~40分で終わり、床に置いた新聞紙には破片のような髪の毛が集まっています。2週間に一度のペースで、生えてくる髪の毛をただゴミ箱に捨てていると、ちょっと何かに使えないかなと思えてくるんですね。

つげ義春のマンガ「夜が掴む」(1974年)のなかで、DVの被害者である女性が、恋人であり加害者である男性の元を出奔する場面。何か売れるものがないかといって、今まで女性が切ってあげていた男性の髪の毛を持ち出します。最終的に髪の毛をどうしたかまでは描かれていませんが、では今の時代に髪の毛を売ることができるのか調べたところ、細かな条件つき(女性であることが大前提?)で、舞台などで使うカツラ用として買い取る業者がありました。

美さいくる工房・ラビットハンズ
http://www33.atwiki.jp/bicyclek/

一種異様な迫力があります。

O・ヘンリ「賢者の贈り物」(1906年)では、女性が髪の毛を売ることが切羽詰った状況を表すのに使われています。また2年前のスペインでは次のような事例も。

不況のスペイン、髪を売る女性が急増中
http://www.afpbb.com/article/economy/2666768/4938985

現代の女性にとっても「髪の毛を売る」ことは、最後の手段的な位置付けにあるのでしょうか。自分の場合はどうでもいいなあ。そんな感じで調べていたら、結局バリカンで刈った1cmそこらの髪の毛の処遇がどうでもよくなりました。

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